人から分かる3分美術史

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3分でわかるエドヴァルド・ムンク(人から分かる3分美術史76.1)

Video Type
一般
Published at
2025年3月13日 01:49
動画長さ
03:00
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4.2%
データ確認日時
2025年3月19日 09:41

動画概要

ノルウェーの国民的画家であり、「叫び」の作者として知られるエドヴァルド・ムンクを紹介します。

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こんにちは。人から分かる3分美術史。
今日はエドヴァルド・ムンクについて勉強していきましょう。

エドヴァルド・ムンク。1863年生まれ。ノルウェーの国民的画家であり、「叫び」の作者として知られます。

ムンクは、カール15世時代のスウェーデン=ノルウェー王国、南部の街ロイテンに生まれました。ムンクの家は教養高い名門の家系であり、ダヴィッドの弟子であった画家のヤコブ・ムンク、歴史家のピーター・アンドレアス・ムンクらを輩出していました。
ムンクが5歳の頃に母親が結核で死去。後年、その病はムンクら子供達に受け継がれ、その多くが結核や精神病に患い、次々と命を落とすこととなりました。
16歳のムンクは、画家を志して王立美術学校に入学。間もなく、自然主義の画家のクリスチャン・クローグや作家のハンス・イェーゲルを中心とする反体制的芸術グループ「クリスチャニア・ボヘミアン」に関わり、大きな影響を受けます。
この頃のムンクの作品が、「朝」。1884年、ムンク21歳頃の作品です。印象派風であり、画壇の長老であったフリッツ・タウロウに高く評価されました。
そんななか、ムンクの画業は新展開を迎えます。その転機となる作品が「病める子」。1886年、23歳頃の作品であり、姉の死を表現主義的な荒い筆致で描き、画壇からは酷評されました。その後もムンクは、家族の不幸や画壇からの評価に苛まれながらも、独自の作風を生み出していきます。

ムンクの作品を見ていきましょう。

「叫び」。1893年、ムンク30歳頃の作品です。この頃のムンクは「呼吸し、感じ、苦悩し、愛する、生身の人間を描かねばならない。」と考えました。「サンクルー宣言」と呼ばれるその宣言からまもなくして描かれた本作は、世界で最も著名な絵画の一つともなりました。また、「絶望」「不安」などと連続した作品となっています。

1944年、ムンクは80歳で亡くなります。現在では20世紀の表現主義を代表する画家の一人として評価されています。

以上!
3分でわかるエドヴァルド・ムンク(人から分かる3分美術史76.1)