春木で呉座います。

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徹底解説 中世の大内裏【ゲスト:久水俊和(歴史学者、追手門学院大学准教授)】 #豊臣兄弟

Video Type
ライブ
Published at
2026年5月30日
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2.1%
データ確認日時
2026年6月6日 06:46

動画概要

(※配信開始はいつものゲスト回と異なり、15時からです)

天皇の居住空間である内裏をはじめ、
重要な儀式の正殿となる朝堂院や各役所がひしめき合う
平安京大内裏は、まさに国家の中枢施設であり、
甲子園球場45個分の広さを誇るその威容は、
天皇と朝廷の権威の象徴でした。

しかし当時の国力を無視して
分不相応に大きく作ってしまったため、
平安時代中期になると、
大内裏はその規模を維持できなくなります。
経年劣化や火災や風水害によって
破損した場合に、財政難から
再建や修理をあきらめて放置する事例が増えていきます。
こうして大内裏の内部には
廃墟や空閑地が次第に増加し、
荒廃していきました。

鎌倉時代になると、
大内裏の内部のほとんどの建造物は朽ち果て、
庶民が田畑を作ったり牛馬を放牧したり、
挙句の果てにはゴミや死体を投棄したりする有り様で、
この荒野化した大内裏は「内野」と呼ばれました。

にもかかわらず、
「内野」では国家的儀礼が行われ続け、
聖域というタテマエが維持されました。

今回は、
近著『中世の大内裏 失われなかった日本の聖地』
(戎光祥出版)にて、
この謎に挑んだ久水俊和さんをお招きし、
中世の大内裏をめぐる悲喜劇を
たっぷり語っていただきます。

ぜひご一緒ください。
徹底解説 中世の大内裏【ゲスト:久水俊和(歴史学者、追手門学院大学准教授)】 #豊臣兄弟