なんぶふじ

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Popular Videos(5/7 21:23)

  • 中日ドラゴンズ 村松開人 応援歌 [MIDI]

    中日ドラゴンズ 村松開人 応援歌 [MIDI]

    中日村松選手の応援歌です。今シーズンも開幕からスタメン起用が続いており、序列が高い選手の一人。これまでは毎年故障離脱も目立っており、まずは一年間万全の状態で完走したいです。

  • 東京ヤクルトスワローズ 東京音頭(得点テーマ) [MIDI]

    東京ヤクルトスワローズ 東京音頭(得点テーマ) [MIDI]

    ヤクルトが得点時に演奏する応援歌、東京音頭です。まだ鳴り物応援がなかった時代、東京オリオンズが本曲を応援に使用していたなど、本動画内でコメントしきれなかったエピソードも多々ありますので、その辺興味のある方はお手数ですが各自お調べください。

  • 千葉ロッテマリーンズ チャンステーマ2 (10作) [MIDI]

    千葉ロッテマリーンズ チャンステーマ2 (10作) [MIDI]

    ロッテくにおくんチャンテ生存確認記念動画。選手名コールのところのドラムパターンは昔連打していたのが、15辺りから叩かなくなっているのは、荻野貴やチャンテ1と同様の事象。チャンステーマ1の動画は17に投稿していたのに、ドラム連打パターンのまま音源を作っていたことに今更気がつきましてすみません。

  • 選手応援歌メドレー 金本知憲 応援歌 [MIDI]

    選手応援歌メドレー 金本知憲 応援歌 [MIDI]

    広島、阪神の両球団でアニキと慕われた金本の応援歌メドレーです。ちなみに、以前情報提供を呼び掛けていた阪神2作目の前奏について、本メドレーには収録しなかったものの、かなり有力な情報をいただきました。詳細はnoteの記事にてまとめておりますので、興味のある方は御参照ください。→○金本応援歌(阪神1作目)→   • 阪神タイガース 金本知憲 応援歌 (03作) [MIDI]  ○金本応援歌(

  • オリックス・ブルーウェーブ 岡田彰布 応援歌 (94作) [MIDI]

    オリックス・ブルーウェーブ 岡田彰布 応援歌 (94作) [MIDI]

    阪神からオリックスへ移籍直後の岡田に作られた応援歌です。動画内コメントのとおり、本曲は長らく関東版という認識だったのが、ここに来て神戸での演奏実績も確認されておりまして、とりあえず(94作)と表現しておけば差別化できますよね。○チャンスマーチ(阪神岡田1作目流用)→   • 阪神タイガース チャンスマーチ (99作) [MIDI]  

  • 横浜DeNAベイスターズ 倉本寿彦 応援歌 [MIDI]

    横浜DeNAベイスターズ 倉本寿彦 応援歌 [MIDI]

    (訂正 : ×「さあ行くぞ」→○「さあ打つぞ」お詫びして訂正いたします)DeNA倉本の応援歌です。大洋石井琢朗日野からの流用。いろいろ紆余曲折あった選手ですが、いつの間にか数少なくなった2軍静岡球団創設メンバーの1人として、元気にプレーを続けていますね。○石井琢応援歌(横浜2作目)→   • 横浜ベイスターズ 石井琢朗 応援歌 [MIDI]  

  • 広島東洋カープ 音重鎮 応援歌 [MIDI]

    広島東洋カープ 音重鎮 応援歌 [MIDI]

    広島音の応援歌です。昔の広島応援団ホームページは過去の応援歌の作成年度まで網羅されており、私が求めている申し分のない情報量という観点でありがたい限りなのですが、中にはこうした精査が必要と思われる内容もあり、何事も過信は禁物です。○音応援歌(中日時代)→   • 中日ドラゴンズ 音重鎮 応援歌 [MIDI]  

  • 北海道日本ハムファイターズ おーい北海道(得点テーマ) [MIDI]

    北海道日本ハムファイターズ おーい北海道(得点テーマ) [MIDI]

    日本ハムが本拠を北海道に移して以降のホーム得点テーマです(東京ドーム主催除く)。逆転・勝ち越しの時は、「お~い北海道」ではなく『ファイターズ讃歌』を歌います。

  • 福岡ダイエーホークス 吉永幸一郎 応援歌 [MIDI]

    福岡ダイエーホークス 吉永幸一郎 応援歌 [MIDI]

    ダイエー吉永の応援歌。2小節前奏付きです。前奏の歌詞表記はどうするか悩ましかったのですが、4コールの後半2回だけ切り取るのもなんか違う気がしたのと、福岡以外ではコールが被さらないという事情も考慮しまして…。

  • 千葉ロッテマリーンズ 山本保司 応援歌 [MIDI]

    千葉ロッテマリーンズ 山本保司 応援歌 [MIDI]

    ロッテ山本保司←安藤学と流用された応援歌です。この山本はロッテ移籍前、中日では山本昌の生みの親とも言える存在ですが、中日時代は個人応援歌がなく、本曲がキャリア唯一の個人応援歌です。