古代史ハルキー

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  • 任那の歴史1(誕生編)【日韓古代史】

    任那の歴史1(誕生編)【日韓古代史】

    ついに学会のタブーである『任那』(伽耶)にまで手を出してしまいました。なお、今回の対象は邪馬台国からは100年後、仲哀天皇、神功皇后、武内宿禰、葛城襲津彦の時代までとなっています。もちろん、百済、新羅、伽耶の国々、高句麗なども登場します。みんな語ることを控えているところをほどほどに語り、須恵器を語り、古墳を語り、好き勝手に語っているだけなので温かく見守ってください。まっ、内容が内容だけに広開土王編

  • 邪馬台国九州説論者が見た邪馬台国九州説の弱点

    邪馬台国九州説論者が見た邪馬台国九州説の弱点

    今回はそこはかとなく邪馬台国九州説の立場で邪馬台国九州説の弱点について考えてみました。あくまでも諸説の一説ということで、気楽にご視聴いただければと思います。アップしてから気付いたのですが、『伊都国は末盧国の東南ではなく東北』とすべきところを『伊都国は末盧国の東南ではなく西北』と言っちゃってます。すみません。誤記です。ちなみにこの動画であげた弱点は以下のとおりです。~九州説の弱点~1.

  • 卑弥呼の時代はどの天皇の時代か?(邪馬台国と古事記・日本書紀)

    卑弥呼の時代はどの天皇の時代か?(邪馬台国と古事記・日本書紀)

    天皇直系に沿って一世代27年ずつ遡り、卑弥呼の時代がどの天皇の時代になるかについて考察してみました。また、古事記崩年干支と二倍暦による年代観についても比較しています。結論を言えば、崇神天皇の生まれた頃が卑弥呼が死去するくらいの年代観だから、崇神天皇の二世代前ってことになるのかなぁ。~ 二倍暦と崩年干支1 ~   • 二倍暦と古事記崩年干支その1  ~ 二倍暦と崩年干支2 ~   •

  • 邪馬台国の女王・卑弥呼の物語

    邪馬台国の女王・卑弥呼の物語

    卑弥呼について、ちょっと、いや、ずいぶん妄想寄りな物語を紡いでみました。吉野ヶ里遺跡の謎エリアに便乗してというわけではないのですが、見事、重なってしまいました。#卑弥呼,#邪馬台国,#考古学

  • 任那の歴史2(広開土王碑編)【日韓古代史】

    任那の歴史2(広開土王碑編)【日韓古代史】

    今回も学会のタブーである『任那』(伽耶)に挑戦です。ちなみに今回は邪馬台国からは百数十年後で、倭の五王の時代の手前にあたる、応神天皇、葛城襲津彦、木菟宿禰の時代ですが、どちらかと言うと、古代日本にとどまらず、登場人物は高句麗の好太王、百済の辰斯王、阿莘王、新羅の奈勿王、実聖王となっています。誰かに言われて気付きましたが、結構、盛りだくさんな内容の任那の歴史1~2は実は空白の150年と重なってい

  • 空白の四世紀は空白じゃない

    空白の四世紀は空白じゃない

    西暦266年から413年までの147年間、卑弥呼の後継者である台与の時代から倭の五王の時代までの「空白の四世紀」。一度、空白でないと言ってみたかったのでこの動画を作ってみました。同時代資料がないみたいなことを言ってしまえば、多くの場合、歴史がないってことになりますが、同時代資料がある方がレアと考え、後世まで語り継がれた歴史については頭から否定せず、俎板の上にのせる勇気が必要と考えています。

  • 邪馬台国論争を俯瞰(燃え盛るように熱い邪馬台国九州説 )

    邪馬台国論争を俯瞰(燃え盛るように熱い邪馬台国九州説 )

    まずは邪馬台国論争の原点に立ち返り、現在、何が議論になっているかを確認し、今後の議論の焦点を予測するのが目的です。結論を言えば、理化学的年代法の限界を認識し、交差年代決定法に立ち返っていくと予想しています。なお、初っ端に江戸時代にすでに存在した畿内説と九州説は難しく考えなくても発想し得る説だといった見解で始まります。また、私自身は九州説なので九州の遺跡にたどりつくことになります。ところで私

  • 任那の歴史4(任那日本府)【日韓古代史】

    任那の歴史4(任那日本府)【日韓古代史】

    今回は勇気をもって任那日本府や任那四県についても語っていますが、温かく見守ってください。なお、最後におまけで倭王武の上表文を読み上げています。それもまた一興かと。なお、韓国ナショナリズムの一環で誹謗中傷コメントを当コメント欄に書き込むことはご遠慮ください。甚だ迷惑しております。燃え盛るように熱い日韓古代史シリーズ任那の歴史1(誕生):   • 任那の歴史1(誕生編)【日韓古代史】  任

  • 邪馬台国の前身・倭面土国(スサ王の国)

    邪馬台国の前身・倭面土国(スサ王の国)

    今回は邪馬台国の卑弥呼共立を遡る7、80年前に存在したという『倭面土国』に注目してみました。他のチャンネルでも同じテーマを扱っていることを知ったのでリンクを貼っておきます。【 漢委奴国王は出雲にいた|倭面土国王帥升スイショウは大国主だと荒神谷遺跡は語る 】   • 漢委奴国王は出雲にいた|倭面土国王帥升スイショウは大国主だと荒神谷遺跡は語る  【 日本史上最初の人物「帥升」について解

  • 継体天皇の先祖たち

    継体天皇の先祖たち

    今回は継体天皇の先祖について解説します。大王家の傍系となります。なお、古墳めぐりをまじえ、古墳の被葬者をそこはかとなく妄想してますが、そこは温かく見て頂ければと思います。ちなみに系譜は応神天皇-稚野毛二派皇子-意富富杼王-乎非王-彦主人王-継体天皇です。なお、後に以下の解説も追加しました。こちらでは息長一族を解説しています。~継体天皇の先祖の先祖たち~   • 継体天皇の先祖の先祖たち(継